こんにちは、しーちゃんです。
車は次の目的地、世界遺産の街モスタルへ向けて走り出しました。ここからは雄大なボスニア・ヘルツェゴビナの大自然を楽しみながらのドライブでした。
実はムス君はモスタルの出身ということで、運転しながらいろんな話をしてくれました。おー、これぞ助手席の特権!
団地の多いある街を通った時に聞いた話は、ボスニア・ヘルツェゴビナの月収は300〜400ユーロくらいで、日本円にすると5、6万円ほどなんだそうです。だから若い人は自然豊かなこの国が好きだけど、クロアチアに働きにいくしかない。
でも今走っているこの街は、若い世帯のために助成金を出していて、安くで部屋を借りられる上、クロアチアとの国境近くなのでクロアチアに働きに行くことも可能!若い世帯に人気の街なんですよ〜、とか。
これから行くモスタルは、ムス君の出身地であり、ボスニア紛争の際には戦場になった場所。ジェネレーションや宗教によって、紛争やその後の平和な時代に対する考え方が全然違うので、自分はあまりボスニア紛争当時のことは話したくないんだ、とか。
ムス君のおばあちゃんは今でも、独立前の旧ユーゴスラビア時代の方が良かったと懐かしんでいる、とか。
こういう時に、もっとちゃんと英語を勉強していれば、さらに深掘りした話ができたのになぁ〜と後悔しますね。
もちろんモスタルの話もしっかり教えてくれました。ムス君によると、
モスタルは「橋の守り人」という意味で、街の中央を流れるネレトヴァ川を挟んで、東側にはイスラム教徒、西側にはカトリック教徒と、住み分けがされているそうです。その2つをつなぐ古い橋がかかっていて、その橋も世界遺産に登録されているそうです。滑りやすいから気をつけてね〜。
と、ざっくりこれくらいの知識を得ました。
モスタル中心部に近づくと、車から見えるビルにたくさんの銃弾の跡!「えっ?」と驚いている間に、車は止まり、
「では3時間半後にこの先のお土産物屋さんの前で!」
「ここはどこ?」な状態な上、集合場所も目印としては非常に心許ない。さらにモンテネグロに続いて、ボスニアヘルツェゴビナも楽天モバイルは繋がらず・・・
とりあえず同じツアーのイタリア人カップルに「こっちに歩いて行けば旧市街だから」と教えてもらい、とりあえず目印になるものだけ覚えて人の流れに沿って歩き始めました。
すると程なくして、両側にお土産物屋さんらしきお店が並ぶエリヤにやってました。
たくさんの人が同じ方向に向かって歩いています。まさに案ずるより生むが易し!とてもわかりやすい旧市街でした。
しばらく歩くと、大理石でできていてツルツル滑りそうな、そして結構勾配のある橋にやってきました。
これが世界遺産の橋かぁ。ということは、ここまでがカトリック教徒、ここからがイスラム教徒の街ね。
確かに橋を渡った途端、ガラッと雰囲気が変わりました。
とは言っても、橋を渡る前にもまぁまぁイスラムっぽいものも売っていたので、今は厳密にというわけではなさそうです。
ただ明らかに比率が変わってきました。
なんかいい感じ。そういえばムス君は、モスタルは小さなイスタンブールみたいだって言ってたなぁ。
どんどん歩いていくと、旧市街を抜けて街の方に出てきました。川沿いだと道に迷う心配がないのでもう少し先まで歩いていくことにしましょう。
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